R・玖拾肆
2005年8月4日 Rとは何ぞや?の日記とりあえず進むしかないんじゃない?
どうも。
「進まず立ちつくせとの声が聞こえる・・・」でお馴染みのライです。
とにもかくにも暑い。
最近は窓から双眼鏡で外のデジタル温度計を見るのが主です。
傍から見れば覗きに見えなくもない気が・・・。
夜で27℃か。大変だね。
うちの家は3台クーラーがありまして。
現在母と妹が使用しております。
三台使えば確実にブレーカーが・・・。
故に俺は一人暑さを感じております。
パソコンが使えなくなるのは嫌ですから。
絵で8人描きまして。一辺3cmの四角形に描きました。
パソコンで言うと大体100X100ピクセルですな。
その中にキャラを入れてポーズさせて・・。
本当に大変でした。特に目が。
2名ほどイメージとずれてしまいました。
それで8人着色。これがまた厄介。
スキャナでやったら予想以上にデカくスキャン。
だから100X100ピクセルに合わせる為に縮小。
そしたら余計に荒くなってやりにくくなって・・・。
8人全てやり終えるだけでかなり腰痛と目がチカチカ。
ただ8人全部終えて並べてみたら・・・達成感最高!!
しかし二名ほどイメージずれて、二名ほどヘマして。
だから当初アイコンとして使おうと思ったのに・・・。
せめてTOPとかに使いたいと思ったのに・・・。
全て無駄になったので隠しページにこっそり掲載。
ここだけで眺めておくよ・・・。はぁ〜。
思い出語り
出会いは小3の時。
歩いて二分の場所にそいつが転校してきた。
本当に変わった苗字だった。それが第一印象。
(仮名)五郎君はとても仲良くなりやすかった。
母子家庭だったからか五郎君のお母さんによくしてもらったな〜。
そもそも五郎君が引っ越してきてからはあまり友達できてなかったし。
そんな中で俺はよく遊びに行ったっけ。
だからかわからないけど、五郎君のお母さんがよくケーキとか出してくれた。
すぐに友達出来たから安心していたのかな〜?
さて五郎君。彼は結構すごいレア物をよく持っていた気がする。
人形とかゲームソフトとか。
あと当時俺が驚いたのはTVとスーファミの合体。
TVの上にスーファミ差し込む場所があって
差込口の隣に電源オンのスイッチ。
TV下方にコントローラー差す場所があった。
本当にこれは驚いたし欲しかった。羨ましかったね。
だからもうやり尽くしたソフトをやるのさえ新鮮だったさ。
人形とかも例えばガチャガチャ。
あれで結構出にくい物とかよく持っていた。
中には本当にマニアに売れば高値で売れそうな物まで。
彼のそういうところに関してはすごいと今でも思うね。
それで五郎君は結構俺の祖母とかになついていた。
九州在住の祖母が二度こっちに来た。
その時であったわけでして。
凄かったよ。物凄く早く順応してたし。
その上、祖母が作ったダンゴという名のマンジュウ。
あれを食った時の滅茶苦茶幸せそうな顔。
祖母が来る前から食べさせてあげていたけど
祖母が来て出来立てを与えて・・・。
そしたらもう嬉しそうだったね。
確かに絶品の美味さだと我ながら思うけど
あそこまで喜んでいると祖母もそりゃ喜ぶわ。
五郎君はついでに妹とも親しみがあった。
当時妹は俺によく付いてきていた。
妹はそんなに友達がおらず、またお兄ちゃんっ子だった。
だから俺の友達の家に遊びに行くにもついてきていた。
相手も小4くらいまでは了解してたけど
さすがに小五六くらいになれば遠慮してきたか。
でも五郎君はそういう点では嫌がらなかったね。
今でも家にある。ピッピのヌイグルミ。
あのポケモンのヌイグルミ。
モンスターボールからチャックを開けるとピッピに変わる。
そういうヌイグルミはいまだに健在。
五郎君が唯一妹にくれたものである。
妹は"五郎君から貰ったから"ということで大事にしているわけでなく
単に"ピッピが好きだから"という理由で大切にしていた。
ま、理由は何であれ大切にしていたから五郎君は喜んでいた。
ちなみに今は"可愛いから"で残していると思う。理由は定かじゃないけどね。
俺は授業が終わるとすぐ五郎君のクラスに行った。
帰りの会をやっていても窓を叩いて存在を証明していたっけ。
今思えば恥ずべきことだよ。
クラス中全員がこっちに注目だもんな。勿論先生も。
一度だけ先生に怒られたっけ。
"今やっている最中だから"って。
その声怒ってはいなかった。口調は。顔は堪えていた感じ。
それっきりやってないけど。
五郎君にとって俺は最大の友達。それは先生間でも熟知な事であって。
それで下手に扱うと五郎君が独りになる。そう思ったのかな?
だから下手なことは出来なかったのかもしれない。
この頃は何をしでかすかわからなかったからね。俺。
恥ずべきこともたくさんやった。
良い事もやったかもしれんが悪いこともたくさんした。
ま、とにかくあの時は遊ぶことしか考えていなかったから。
だから"遊べればよし"みたいな。
だから一人ぼっちの子を誘えたのかもね。
今じゃ絶対に出来ないよ。考えられないね。
さて。五年生。同じクラスになった。
しかしすぐに離れた。
今でも覚えている。5月13日のことだ。
彼が引っ越す日。俺は最後に二人で給食当番したのが一番心に残っている。
まだ信じられなかったから。その引越しが。
母親が再婚・・・だったっけ?とにかく元の引っ越す前の場所に戻ることになって。
それで給食が終わって話そうと思ったんだ。
そしたら他の友達が、行こうぜ!って言ってきて。
その時断れなくて教室を去った。
最後に見た姿は先生と会話している五郎君の後姿だった。
五郎君と一度だけであった。
俺が引っ越して遊びに帰った時。
大手スーパーで正面から出会ってすれ違った。
その時ふとデジャヴ。
あれ?あの人・・・。あ、五郎君。
でも確信はなかった。似ているな〜と思っただけだから。
相手は振り向きもしなかったしね。
その後服を見ていた父と帰るからと待ち合わせして車に向かった。
そのときだ。父が"五郎君らしき人見た"って言ったのは。
やはりあれは五郎君だったようだ。
でもここは五郎君が引っ越した、引っ越す前の場所じゃない。
小3〜小5の間在住していて、俺と遊んでいたその町だ。
なんでここに居るんだろう?
そう思ったが出会うことも話すことも出来ないので謎のままだ。
五郎君もまた高三だろう。
中卒や高校中退なら社会人になっているだろう。
今何やっているのだろうか?
・・・なんか一番会えそうに無い気がする人であった。
どうも。
「進まず立ちつくせとの声が聞こえる・・・」でお馴染みのライです。
とにもかくにも暑い。
最近は窓から双眼鏡で外のデジタル温度計を見るのが主です。
傍から見れば覗きに見えなくもない気が・・・。
夜で27℃か。大変だね。
うちの家は3台クーラーがありまして。
現在母と妹が使用しております。
三台使えば確実にブレーカーが・・・。
故に俺は一人暑さを感じております。
パソコンが使えなくなるのは嫌ですから。
絵で8人描きまして。一辺3cmの四角形に描きました。
パソコンで言うと大体100X100ピクセルですな。
その中にキャラを入れてポーズさせて・・。
本当に大変でした。特に目が。
2名ほどイメージとずれてしまいました。
それで8人着色。これがまた厄介。
スキャナでやったら予想以上にデカくスキャン。
だから100X100ピクセルに合わせる為に縮小。
そしたら余計に荒くなってやりにくくなって・・・。
8人全てやり終えるだけでかなり腰痛と目がチカチカ。
ただ8人全部終えて並べてみたら・・・達成感最高!!
しかし二名ほどイメージずれて、二名ほどヘマして。
だから当初アイコンとして使おうと思ったのに・・・。
せめてTOPとかに使いたいと思ったのに・・・。
全て無駄になったので隠しページにこっそり掲載。
ここだけで眺めておくよ・・・。はぁ〜。
思い出語り
出会いは小3の時。
歩いて二分の場所にそいつが転校してきた。
本当に変わった苗字だった。それが第一印象。
(仮名)五郎君はとても仲良くなりやすかった。
母子家庭だったからか五郎君のお母さんによくしてもらったな〜。
そもそも五郎君が引っ越してきてからはあまり友達できてなかったし。
そんな中で俺はよく遊びに行ったっけ。
だからかわからないけど、五郎君のお母さんがよくケーキとか出してくれた。
すぐに友達出来たから安心していたのかな〜?
さて五郎君。彼は結構すごいレア物をよく持っていた気がする。
人形とかゲームソフトとか。
あと当時俺が驚いたのはTVとスーファミの合体。
TVの上にスーファミ差し込む場所があって
差込口の隣に電源オンのスイッチ。
TV下方にコントローラー差す場所があった。
本当にこれは驚いたし欲しかった。羨ましかったね。
だからもうやり尽くしたソフトをやるのさえ新鮮だったさ。
人形とかも例えばガチャガチャ。
あれで結構出にくい物とかよく持っていた。
中には本当にマニアに売れば高値で売れそうな物まで。
彼のそういうところに関してはすごいと今でも思うね。
それで五郎君は結構俺の祖母とかになついていた。
九州在住の祖母が二度こっちに来た。
その時であったわけでして。
凄かったよ。物凄く早く順応してたし。
その上、祖母が作ったダンゴという名のマンジュウ。
あれを食った時の滅茶苦茶幸せそうな顔。
祖母が来る前から食べさせてあげていたけど
祖母が来て出来立てを与えて・・・。
そしたらもう嬉しそうだったね。
確かに絶品の美味さだと我ながら思うけど
あそこまで喜んでいると祖母もそりゃ喜ぶわ。
五郎君はついでに妹とも親しみがあった。
当時妹は俺によく付いてきていた。
妹はそんなに友達がおらず、またお兄ちゃんっ子だった。
だから俺の友達の家に遊びに行くにもついてきていた。
相手も小4くらいまでは了解してたけど
さすがに小五六くらいになれば遠慮してきたか。
でも五郎君はそういう点では嫌がらなかったね。
今でも家にある。ピッピのヌイグルミ。
あのポケモンのヌイグルミ。
モンスターボールからチャックを開けるとピッピに変わる。
そういうヌイグルミはいまだに健在。
五郎君が唯一妹にくれたものである。
妹は"五郎君から貰ったから"ということで大事にしているわけでなく
単に"ピッピが好きだから"という理由で大切にしていた。
ま、理由は何であれ大切にしていたから五郎君は喜んでいた。
ちなみに今は"可愛いから"で残していると思う。理由は定かじゃないけどね。
俺は授業が終わるとすぐ五郎君のクラスに行った。
帰りの会をやっていても窓を叩いて存在を証明していたっけ。
今思えば恥ずべきことだよ。
クラス中全員がこっちに注目だもんな。勿論先生も。
一度だけ先生に怒られたっけ。
"今やっている最中だから"って。
その声怒ってはいなかった。口調は。顔は堪えていた感じ。
それっきりやってないけど。
五郎君にとって俺は最大の友達。それは先生間でも熟知な事であって。
それで下手に扱うと五郎君が独りになる。そう思ったのかな?
だから下手なことは出来なかったのかもしれない。
この頃は何をしでかすかわからなかったからね。俺。
恥ずべきこともたくさんやった。
良い事もやったかもしれんが悪いこともたくさんした。
ま、とにかくあの時は遊ぶことしか考えていなかったから。
だから"遊べればよし"みたいな。
だから一人ぼっちの子を誘えたのかもね。
今じゃ絶対に出来ないよ。考えられないね。
さて。五年生。同じクラスになった。
しかしすぐに離れた。
今でも覚えている。5月13日のことだ。
彼が引っ越す日。俺は最後に二人で給食当番したのが一番心に残っている。
まだ信じられなかったから。その引越しが。
母親が再婚・・・だったっけ?とにかく元の引っ越す前の場所に戻ることになって。
それで給食が終わって話そうと思ったんだ。
そしたら他の友達が、行こうぜ!って言ってきて。
その時断れなくて教室を去った。
最後に見た姿は先生と会話している五郎君の後姿だった。
五郎君と一度だけであった。
俺が引っ越して遊びに帰った時。
大手スーパーで正面から出会ってすれ違った。
その時ふとデジャヴ。
あれ?あの人・・・。あ、五郎君。
でも確信はなかった。似ているな〜と思っただけだから。
相手は振り向きもしなかったしね。
その後服を見ていた父と帰るからと待ち合わせして車に向かった。
そのときだ。父が"五郎君らしき人見た"って言ったのは。
やはりあれは五郎君だったようだ。
でもここは五郎君が引っ越した、引っ越す前の場所じゃない。
小3〜小5の間在住していて、俺と遊んでいたその町だ。
なんでここに居るんだろう?
そう思ったが出会うことも話すことも出来ないので謎のままだ。
五郎君もまた高三だろう。
中卒や高校中退なら社会人になっているだろう。
今何やっているのだろうか?
・・・なんか一番会えそうに無い気がする人であった。
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